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検索結果「山田秀男」
59件中 1~50 件を表示しています。
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名言・格言
発言者
1:
異性の真実は理解できない、これは実に不思議な事であるが、もし理解できたなら、どれ程つまらない世の中になるだろうか、異性の真実が理解できないからこそ、全ての人は、疑問を持ち、努力し、夢を抱え、懸命に生きられる、これは、この世の中が作り上げた都合の良いルールのようなものである。
山田秀男
2:
この世の構造の第一層は分かりやすさで構成されており、第二層は、洞察の広さ、第三層は、禍々しさの認識、第四層は、天国への愛として成り立つ。
山田秀男
3:
君が君らしくいられる、大人はそこに憧れる、君が何を求めているか、誰かに伝えても、君が思うほど深くへは入り込めない、君にしか解らないことが山ほどあること、可能性を解ってほしい、人生君が君らしくあれたなら、大人は羨望の眼差しで君を讃える、自分らしく生きる、生きられる、そこに真の輝ける未来が待つ。
山田秀男
4:
愚者は自分を愚かとは思わないで、堂々と胸を張る、賢者は自分の愚かさを探し出し、頭から離れることはない、賢者の追求は、知恵を絞るほど臆病になっていく、それを知る愚者は心地よく優越感に浸っている。
山田秀男
5:
努力も、苦労も、始まりに難がある、この難しさは、頭脳で解決出来るものではなく、気力を問われるもの、慣れてしまえば、生きている充実感を、どこまでも、果てなく伸ばせる、君が何の為に生きるのか、その理由を努力と苦労は熟知している、あとはそれに負けない自分を育てるだけでいい、人生の課題はたったそれだけのこと、空から与えられた宿題を、宿命ととらえ、体験していく。
山田秀男
6:
愛は堂々としているが、恋は陰に隠れている、人間は、何故堂々とせず、陰に隠れることを、好むのか、それは愛の素晴らしさによる優先順位に気づかない、つまり、恋に魅了される喜びに、満たされてしまっているのだ。
山田秀男
7:
男は女を知らないでいる、女も男を知らないでいる、それぞれに生まれ持って描く世界を支配している、その世界しか知り得ることが出来ず、そして、その世界から抜け出せば常識は失われる、男は女を理解したい、女も男を理解したい、答えを探している、男と女の間にある愛は、関係性を生むが、愛が理解を曖昧にしている、だから愛が全てなのだと理解されている、しかしこの強引なる愛がなければ男と女は結びつくことはない、愛はどんな現実も修正してしまう人々の精神的掃除機の役割を担っている。愛は余りにも強い力の為、人がその力を易々と使うことは出来ない、だから神が所有していてもおかしくはないのだ。
山田秀男
8:
誰にでも心に山があり、山を登る時期がある、緩やかに連なる山、険しく荒れた山、それぞれの山を、その向こうに見える感動の絶景を知りたくて、成長という名の山脈を越える。
山田秀男
9:
完璧なんて人が世に現れたら、この眼で何が素晴らしいのか調べてみたい、でも完璧だからこそ、人にその人間性を覗かれることを拒むだろう、完璧を目指す者はミスに対して非常に臆病であって、わずかに表れる不安でも敏感に感じ取る、そしていつでもその不安に流されまいとする意識を持つ、完璧を目指す者は、真に完璧な者に憧れている、そしてその者に勝ろうと追求している、何故完璧なのか、その過程を既に己の経験から学び取っているのにその理由に悩まされている。完璧は架空だと諦めきれない者たちが理想を勝手に作るのだ。
山田秀男
10:
誰も心に傷を付けたくて生きる人などいない、それを恐れるものだ、人生の何処かに試される機会が現れる、君はそこでどうするのか、前進するため傷を浴びるのか、それとも、逃げるため傷を避けるのか、心の傷は人が思う遥か彼方にある明確なる現実を持っている、理想を描くのは自由だ、本物の理想とは、誰かの心に影響を与える深みを持つか否か、心の傷は、深みを手にする為のどうしても必要な、愛されぬロマンである。
山田秀男
11:
逆境は今は悲しくも好まれない不幸な世界だが、この逆境を戦うことで人が幸せになれることを何となく知っていながら、そこに手をだすのを控える。逆境は表面的には厳しい試練を含んでいるが、その中身に慣れてしまえば、無限大の可能性を手に入れる、人生において限られたチャンスが得られるが、逆境を教育の場からは掴めない、先生が悪い訳ではない、先生が伝えきれない程に尊いのだ、逆境は強烈な衝撃を秘めた、急激なる成長の劇薬なのである。
山田秀男
12:
正直に生きることは正しく、偽って生きることは誤っている、とされるが、人生の困難な経験の中で、これがひっくり返される、ただ常識的に正直に生きることのほうが、聞こえがいいから、偽りが間違っている、とされる、しかしそのそれぞれの思想は正直に生きること、偽りに生きることが、十分成熟していなければ、成り立たない、正直、偽りは、成熟を経て思想が入れ替わるのだ、偽りも、高度になれば、正直を軽く感じられるものだ、人間とはどこまでも深く、面白いものである。
山田秀男
13:
未来には誰も行ったことはない、過去にも誰も行ったことはない、行ける訳がないものを、何故あれこれ真剣に悩むのだろう、待っていれば未来はやってくるだろう、待っていれば過去は忘れるだろう、重要なのは、その間にある現在に、あまりにも魅力がないせいなのかもしれない、だから未来、過去に気が移ってしまう、現在に満足することが叶えられたなら、この二つに振り回される事はないのだろう。
山田秀男
14:
物事全てを人が作り上げようと思っては感動がない、懸命に作り上げる程、人の根本にある大事な何かが隠れていく、ただ美しい、ただ面白い、そういった表面的な悦びではなく、物事はありのままにこそ人が心に獲得する衝撃がどこかにあるものだ。
山田秀男
15:
国は本来知性を求めるものだが、それがやはり足りないから、その代りとして、仕方なく勢いを作り出す、勢いでは解決できないものだとしても、人の集団の勢いは急には止められない、勢いは暴走を始めると、関わらぬ人をも巻き込む、洗脳させる力がある、いい迷惑だ。一人の高尚なる知者が現れるのを、国はただじっと待つのだが、やはりそれも結局、人なのである、夢を見るのは神のように偉大で、現実を見るのは、仕方なく人なのだ。
山田秀男
16:
欲望は快く、欲望は醜い、欲望の快さは天国にいるようなものであり、欲望の醜さは地獄にいるようなものである、我々の心の中には、欲望という得体のしれない何かが存在し、それと共に生きなければならない、欲望の扱い方を、十分に知らなければ、欲望の作用により、天国にも地獄にもなる。
山田秀男
17:
我々の人生は登ることを目的としている、何処に登るのかも知らされていないのに、ただひたすらに登り続けている、神様しか理解できぬ山を、神という、抽象的な何かを、疑い、信じ、その登山の中、爪痕を残すのだ。
山田秀男
18:
人生は、一生懸命生きたとしても、心が失敗してしまうことがある、しかしこれは総合的に考えてみれば、失敗などではなく、心の深さ、幅広さによる、高度な解釈であり、それは心が、見えない所で、成功に変えようとする、機能によるものであるから、動揺はするが、この動揺は、いつかの成功のための動揺である。
山田秀男名言
19:
真理は醜く思われるが、それは真理が余りにも逞しいが故にそのように人々に認識される、人は分からないことがあると、表面的なことに、逃げる傾向がある、真理の本質は、この世の中において、誰にも解明されてはいない。
山田秀男
20:
君が何かを理解している、その理解の先に新しい意味が理解と称し隠されている、それが追求というものだ、追求は無限である、追求は年をとることで、徐々に慣れていく、そこに夢が現れる、夢は待つことを分かっているが、自分から近付かないと交渉してくれない、夢を現実に変えることは誰もが描くものだが、人それぞれに、夢の近道を知る人、遠回りしてしまう人がいる、それは、追求に熟練された生き方を理解しているかどうかで、この世界でどれだけのやりたいことが好きなように出来るかが決まるのだ。
山田秀男
21:
貧しさに慣れてはいけない、心までそこへ持っていかれる、ならば富を夢見てごまかすほうが、進む道が見つかる、貧しさに染まることは、蟻地獄へ見事に落ちて、人格まで腐らせてしまう、人生の一つの罠である、人間は捕獲される動物のように罠にかかる為に、生きているのか、これが人間の金による最低の醜い姿を今世の中の片隅で実際に起こしている。
山田秀男
22:
世の中の外側には決して鋭くはないが無数の棘が付いている、そして内側には甘い果実が実っている、人は世の中のしくみに無知であったり、世の中を忘れたりしていると、棘が恐ろしいと思い警戒してしまう、でも勇気を出して中へ入ればいくらでも甘い誘惑を楽しめるものだ。この巨大な植物は、人を調べるために棘を身に着け、人を選ぶために果実を食べさせる、そうやって契りを交わしていく、やがて己を気に入ってくれない者己の気に入らない者には、一旦外へ追いやってしまう、それからある場所へ導き再びのチャンスをいくらでも与えるのである。
山田秀男
23:
物事を見る角度は工夫すれば出来るものではない、より深く言えば、その者の把握する力の大きさにより、誕生する、生まれたその能力は、理解の波に確実に乗り、それから緩やかな成長と優雅な人生を楽しめる、この能力を伸ばすことにより、慣れが生じると己の中で世界が変化していくことがわかる、居心地の良い世界が用意されているのだ、把握する力は、言葉では、なかなか説明できるものではないが、その答えを知る為に、意識と時間が教師になる。
山田秀男
24:
面白いものを、追求したい人、それは面白さをなかなか知らない人だ、知っていたら、もう面白さを求めるより、受け入れる行動に出る。満足しているからもうこれで十分だと思えるのだ。
山田秀男
25:
愚か者は自らの迷える人生に対して少しの疑問も感じない、壁に精神をぶつけても、壁を乗り越えるわけではなく、その壁の側面に抜け道があるといつでも思いこんでいるのだ、難解と思える壁の脇道を突き進んでいる気がしている、こんな楽しいことはない、でも徐々に面倒になってきた、楽しさにも飽きてきた、もう乗り越える為にある壁は無くなっていた、と思い込んだ、やっとゴールに辿り着いた、気持ちよくなったその心境を人に語り明かしていく、それが皆、話の途中で立ち上がり帰っていく、「待ってくれ」愚か者にはその理由が解らなかった。
山田秀男
26:
人に好まれることは結構なことだ、好む人にとっては純粋な好奇心だろう、しかし好まれた人にのしかかる想像力と配慮は、時が経つほど、重くなる、好まれた人は、配慮を美学と思わざるを得ないから美学の気持ちよさと、配慮の気持ち悪さが混同している、迷っている、この迷いが、時として好きではなくても、愛してしまう不思議な結末に辿り着く場合がある、純粋な好奇心は、相手を魅了する、その裏に隠されたものは迷わせる時を与える好機なのだ。
山田秀男
27:
風のように現れ、風のように去る、人が生きるということである、人生は、気づけばここまで来ていた、年をとればとる程、時が加速するのだ、それが我々にとって何かの意味があるならば、素直に受け入れるべきだろう、人生なのだから。喜ぶこと、悲しむこと、生きることにとって、この二つが大きな割合を占める。極端である、単純である、そんな容易い人生だ、しかし喜び、悲しみを繰り返すうちに、それを容易く理解できる深みのある人生に変わっていくのである。風のように現れ、風のように去る、あっという間の人生の中に、君にしかない、個性の躍動が凝縮されていくのである。君が人生を歩む理由は、仕事するため、遊ぶため、結婚するため、許されたことをやればいい、しかし満たされる事が幸せではない、満足感はいつかは冷める、そしてまた別の何かを探すのだが、人が真に何を求める為に生まれたのか、この世界ははっきりとその正体を見せない、そこに特別なある何かを追求しろと言うメッセージが隠れている、君の人生の目的だ、何かを追い求める事が君の人生ならば、その意思を曲げてはもったいない、まっすぐに生きること、それは美学ではない、真実を求める為の究極の姿だ。
山田秀男
28:
純粋な理想を描くのが男だ、女はそこには関心を持たない、女は不純な現実との戦いを描く、男はそこには関心を持たない、この矛盾した二つが無理やり一つにまとまろうと努めるそれが結婚である。
山田秀男
29:
君がその程度の人間などとは思わない、君がそう容易く諦めてしまう程の複雑な人生ではない、君が何と無く歩む人生にいつか確信的な出来事が訪れる、それが「いつの間にか」だから生きることは面白い、いつの間にかここまでたどり着いた、それが確信的な出来事なのである、人は時間にこだわるが、その時間が多少なりとも続くと、こだわりを忘れてしまう、これが人が日常生活で最も重要視している概念だろう。人はこれに囚われているから、長い目で物事を見ることが続かない、その集大成が「いつの間にか」なのだ。そう考えてみれば、人がどれだけ複雑に見えても、実は単純に生きているだけだという事が解る。
山田秀男
30:
思春期には信念に寄り掛かる世界がある、これが成長を遂げると強力な癖が生まれる、曲げない信念だ。世の中は必要以上に信念を重んじるものだから、その対極にある迷いに伏せているものは、信念に対し構えなくてはならない、人には信じる者、迷う者二種類があるのだが、現在に至るまで迷う者が勝る歴史は覗いた事がない、歴史の勝者は誤る隙も許さず確実に信じる者で埋め尽くされているが、時には迷う者が歓喜の瞬間を味わえる幅の広さを世界に求めたい。
山田秀男
31:
人は愛に包まれ誕生する、その包まれた愛は不思議なことにしばらく忘れられている、やがて人を愛するようになり、その愛に触れ感動を呼び起こす時が来る、その瞬間から包まれた愛は感謝と名乗り逞しいほどに開かれ、やがてそこに深き光が照らされる、その優しげな輝きが人を堪能するかの様にその人を改めて包み込み、真実の世界に導く。もうひとつの人生の始まりである。
山田秀男
32:
一般的に男と女は、互いに愛というものを与える美しさで、関係を保つ、だが稀に愛を与えるではなく、その人から愛をいただけると受け取る知恵者がいる、その慧眼は、相手を自由自在に手のひらで転がす特殊能力が身に付いている者の素質である。
山田秀男
33:
人間は何の為に生きるのかと問い掛けられた時に心の何処かに迷いを感じているものだ、この世で成すべき全ては、常に抽象的である。そしてはっきりしないからこそ追い求めるようになる。やがてその努めが成し遂げられたなら、その先にはさらに素晴らしい歓びと探究させる道が用意されている。人生に答えを求めるならば、追いかけている最中だと、妥協するほかはない、遠い未来に、追求の先に、探し当てた真の答えがみつかったとしても、神はそれをまたさらに抽象的にもっていくのだろう、道をいくらでも差し出して、人類に、生きるとは何かを叶えるために。そして生きることがまた抽象的だからこそ、神が存在しているのか信じられないのである。
山田秀男
34:
人間関係の歯車は、ただ思いやることだけでは上手く回らない、その思いやりに嘘を含ませることで、それは歯車を動かす潤滑油へと変わる、そしてこの潤滑油は、いつでも新鮮な潤滑油である。
山田秀男
35:
星は美しく見える、夢も違った美しさがある、これは星も夢も遠くにあるものだからである、人間は遠くにあるものを美学としてとらえる習性がある、深く言えば地球が生んだ法則である。逆に人は汚れて見える、現実も違った汚れがある、これは人も現実も近くにあるものだからである、人間は近くにあるものを、当然としてとらえる習性がある、当然は繰り返すことで汚れて見せるものである、これも深く言えば地球が生んだ法則である。
山田秀男
36:
子供は知りたいという事を真っすぐにとる、大人は知りたいという事を曲げてとる、老人は知りたいという事を諦めてとる、何故だろうか、子供はそれに対して曇りが見えていないからであり、大人はそれに対して曇りが見えているからであり、老人はそれに対して曇りを十分理解しているからである、そしてこの曇りを晴れやかに変えようと努める理想こそが、すべての人間にとって生きる上での根源的力となっている。
山田秀男
37:
人は満足を目指すが、その満足が叶うと、満足を目指した過程が、失われる、これは人間の成長と深く関わっており、この繰り返しにより、成長の欲が生涯においてそぎ落とされていく、よって若き日々において、満足を目指す姿勢が、どれほど重要であるかが解ると言える。
山田秀男
38:
可能か不可能か、人はその表面的な部分を見つめるだけで判断を起こす。可能には即行動を起こす力があり、また不可能には、即夢を起こす力がある、夢は、この世界で生まれた賜物、世界が育んだ格別なる道筋、夢は可能と不可能を包み込み、全てを従わせる神秘として成り立つ。
山田秀男
39:
自信を持つことは、ほんの少しだけ図々しさが身に付くことだ、この図々しさは一般のものとは価値が違っていて、その自信を失ったとしても、一生消えない、心に深く刻み込まれた、生きた証が表れる貴重な価値の高さである。
山田秀男
40:
地球は不平不満を言わない代わりに、自然という体の一部分を使い、我々人に強烈に伝える、「私は全ての親ではない、地球である、君たちがいたわりを起せば、私も相応の喜びを与える、この私を君たちが大切に扱ってくれれば私も君たちを大切にしよう、しかし乱暴に扱えば君たちを大切にできない、それは星だからではなく君たちが考えることだ」。
山田秀男
41:
若者の未来へのやり切れぬ焦りは、それ以上の経験を積み重ねた年配者には、少しでも止めてあげることが出来ない、なぜなら経験と未経験を比べれば計り知れぬ決定的な差が現れるからだ。年配者には、見守ることが若者の為になる、しかしそれが切ないのだ。若さは人生において苦悩する暇もなく過ぎてゆくだろう、若さとは将来の苦悩のためにため込む尊きエネルギーと、それを潤していくかけがえのない輝ける日々である
山田秀男
42:
理想の笑顔を与えてみたい、恋することに規制はない、人にとって、そうさせてみたいと、一途さに操られることが、人の何よりの幸せだと囚われてしまう、理想を描いている自身が、いつのまにか幻想に描かれている、あなたは笑顔で私だけしか見つめていない。
山田秀男
43:
人の心を不愉快にさせるのは、イメージに隠れた不潔感である。同性であれば、本能的に感じられる、しかし、異性であれば、誘惑という幻の存在が本能をかき消す。
山田秀男
44:
我の強さとは、図々しさからくるものと、思想の高さからくるものと、二種類ある、これは表側では一つにまとまっているが、裏側では、しっかりと別々に形作られており、決して同じ軌道を通らない、勘違いされやすいものである。
山田秀男
45:
人生という、壮大な迷路に残念ながらゴールはない。繰り返すように、明日を目標として、今日生きた証を心に記す。夢、現実を歩む為のエネルギーとして、過去、現在、未来を、迷路を理解するための地図の切れ端として、神は人間性に、諦めないことの素晴らしさを与えた。闇の中で突き進まねば、光を照らし続ければやがて楽をしてしまう事を神は理解している。しかしこの黒く染まる消えることのない不安が何を意味するものか、人にははっきりと理解できない。人はゴールにたどりつけると信じている、迷いから確信に変えたいと夢をみている。
山田秀男
46:
自らの思うがままにやりたいことを行える人のメカニズムにそれは理想的でありながら、その中に確信が二つだけある。一つは、信念を、理想を描き切っていても、なお持続できている力、もう一つは、その信じぬく力の重みに、耐えきれる資質を持つ人だ。前者は、人生において、何より求めていく為にある努力。後者は、過去世において、積み重ねてきた経験、それは、今世に持ってきた、天性といわれる才能。
山田秀男
47:
若者の美学は、限界を表現してみたいとロマンを見るものだが、その夢が、達成した瞬間に、成熟した大人は、それを見て、何とも言いようのない、悲しさに包まれる。そして、その悲しみが、プライドと交わり、人を愛さなければ、という、教訓に改まる。
山田秀男
48:
夢を叶える為に、夢を証明したいならば、その願う意識を日々において、貫き通すことだ。夢というものは、追っているときには、いつでも、生き甲斐を味わえるが、夢を叶えられた領域までたどり着いたなら、何故生きるのだろうと再び道に迷う、それは、夢というものが、定められたものではなく、定まるものでもない、人の思考では、測れない大いなる何かを持つものだから。その解明されない神秘的な輝きを人は、夢を知り尽くす深遠なる知恵者から、何らかの理由により、生まれ持って与えられたのかもしれない。それは未知の裏側にも、何かしら道理が存在すること、素晴らしきものには、必ず尊き道理が存在している。
山田秀男
49:
人の可能性を、人は精度だと決めつけ、その枠のなか求道を重ねる。枠をはずせば、無限の広がりが待っているのだが、枠の外し方を人はきっと人である限り、永遠に探し続ける
山田秀男
50:
喜びを握る為に人生があるのなら、悲しみを排除したいと願うのは当然のことである、しかし、喜びと悲しみは人の意思より仲がいい。
山田秀男
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